飛沫と向き合う歯科医師 コロナ禍、休診か継続か:朝日新聞デジタル
飛沫と向き合う歯科医師 コロナ禍、休診か継続か
新型コロナウイルスの感染拡大で歯科医師が葛藤している。患者の飛沫(ひまつ)を至近距離で浴びながらの施術は、感染リスクと隣り合わせ。マスクやガウンなどの医療物資も不足しているが、治療を必要とする患者がいる。休診か、診療継続か。歯科医の決断に迫った。
患者の口に歯科医師の顔が近づく。フェースシールドにマスク、手袋、ガウンを着用した「完全防備」で、霧状の水を口内に噴射しながら唾液(だえき)を吸引する。さらに強力なバキューム装置を使い、口の外に飛び散るしぶきも吸い込む。
新型コロナの感染対策として、大阪市平野区の「ひらのファミリー歯科」では施術中の飛沫を「ダブル吸引」している。歯科医師のマスクも二重。医療用のN95マスクの上にサージカルマスクを重ねる。衛生士や助手も同じ装備で、休憩用の部屋にそのまま入らず、着替えてから入室する。
患者には受け付け時に体調を尋ねて検温。診察台の椅子は除菌シートで拭き、換気のためドアは開放している。大森寛之院長(33)は、対策を念入りにした上で通常通りの診療を続けているとして、「歯科医療の現場では患者との距離が取れないからこそ、医師とスタッフの感染症対策が患者を守る。歯科が休んだら多くの人が困る。地域の歯科医療の継続が一番大切だ」と話す。
新型コロナの感染拡大で患者の数が減り、経営面に打撃があるというが、「感染症対策を見直す機会だと考えている。新型コロナの終息後はきちんとした装備がスタンダードになるはず」と話す。
厚生労働省は政府が緊急事態宣言を発出する方針を公表した4月6日、歯科診療での飛沫感染防止策が必要として、院内の対策とともに、緊急性のない治療の延期などを考慮するよう求める通知を出した。
その後、滋賀県草津市では同じ歯科医院に勤務する5人の感染が確認され、院内でクラスター(感染者集団)が発生したと県が発表した。ほかにも全国各地で歯科院内での感染例が報告されている。
現場からも感染への不安の声が上がる。都内の歯科助手の女性(47)は、勤務する歯科医が通常通りの診療を継続。ただ、ゴーグルやフェースガードなどの装備は医師だけで衛生士や助手にはなかった。
外来は4割ほどがキャンセルに。三つある診察台を減らし、スタッフも交代勤務にするなど、感染リスクを減らす対策を提案しても受け入れられなかった。高齢者の訪問診療も継続していた。
「自分も危険だし、患者さんにうつしてもいけない。国の休業補償もないため、経営を優先し、感染リスクに十分な対策が取れていない」
そう不安を覚え、2年間勤めた歯科医院を辞めることを決めたという。
緊急事態宣言後に休診を決めた歯科医院もある。
東京都練馬区の「平和台ファミリー歯科」ではマスクやガウンなどが不足し、4月中旬に診療をいったん休止した。池田春樹院長(38)は「まずは患者さんとスタッフを感染リスクから守るため、しっかりと装備を準備しようと決断した」と説明する。スタッフ全員の装備が3カ月から半年分、用意できつつある。ゴールデンウィーク明けの7日に通常診療を再開した。
患者の受け止めも様々だ。都内在住の主婦(38)は、歯石除去などのために定期的に受診しているが、当面は控えるという。「自分への感染リスクも危惧しましたが、もし私が感染していたら医師や衛生士さんらを感染させてしまうかもしれないという意識もある」と話す。
一方、大阪府豊中市の男性会社員(39)は「子どもの虫歯や自分の親知らずの痛みが出た時を考えると、行きつけの歯科が長期休診すると困る」と話す。
大阪市北区の「プラチナデンタルクリニック大阪」は4月21日から急患のみに対応している。診察時間が重ならないように1人ずつ診察し、患者は手指を消毒してから治療を受ける。
4月中に予約していた約200人に電話をかけ、不急の人には診察日を変えてもらったという。通常営業に戻すのはゴールデンウィーク明けの予定だったが、緊急事態宣言の期間延長を受け、急患のみの対応を当面続けることにした。
久富崇史院長(45)は「安全を守るためには休診すべきだが、治療が途中の人や痛みが抑えられない人もいる」と葛藤を語る。
厚労省の医療施設動態調査(今年2月末現在)によると、全国に約6万8千の歯科診療所があり、コンビニエンスストア(約5万6千店、日本フランチャイズチェーン協会調べ)を上回るほど多い。
久富院長は特に都市部の歯科医は競争が激しく、休診による経営上のリスクも大きいと指摘する。「感染リスクがあっても休診しない歯科医が多いのは、歯科医院の経営が苦しいことも一因だろう。歯科医一人ひとりがどんな行動が必要なのかを考える必要がある」と話す。(小林太一、波多野大介)