歯:誰もが知りたい疑問に答える! 50代からの歯科医院選び - 毎日新聞


誰もが知りたい疑問に答える! 50代からの歯科医院選び

▼保険診療による治療には限界があるのか

▼インプラントの適正価格とは

▼レントゲンは人体に悪影響をおよぼす?…

 社会の高齢化に伴い、歯科医院の患者も高齢者の比率が高まり、今では受診者の約3分の1が65歳以上の高齢者だ。高齢者予備軍である50代の患者も多い。が、50代以上に向けた歯科医療情報は少ないのが実情。そこで、50代以上の人のために、「歯の疑問」に答える。

「自分の受けている治療が本当に正しいのか。不安を抱いている患者さんは少なくありません」

 こう話すのは、サイトウ歯科医院(東京都渋谷区)の斎藤正人院長。同医院はセカンドオピニオンを求める患者を積極的に受け入れており、「歯の駆け込み寺」とも呼ばれている。

「そもそも、どんな治療を受けているのか、患者さん自身が知らないケースが多い。費用の面も含め、ちゃんと説明をせず、歯科医師が勝手に治療を進めていることが珍しくないのです」(同)

 実際、50代以上になって歯科医院に行く回数が増えたものの、「納得のいかないことだらけ」と感じている人は決して少なくないのではないか。

 疑心暗鬼に陥らないためには、患者側も正しい知識を身につけることだ。なので、歯科にまつわるさまざまな疑問にお答えしよう。

 <1>自由診療を勧められたら、どうするか?

 歯科治療は大きく分けて2種類ある。保険診療と保険外診療だ。保険外診療は自由診療もしくは自費診療と呼ばれる。

 何が違うかというと、まずは費用。1~3割自己負担の保険診療に比べ、10割自己負担の自由診療は当然ながら患者が支払う額が格段に高い。

 インプラント、歯列矯正、審美、予防歯科などは保険診療ができないが、ほかの治療は保険診療か自由診療かを患者が選択することになる。

 50代以上なら、若いころよりは懐に余裕がある。「支払額の高い自由診療のほうがいい治療をしてもらえるのではないか」と考える人もいるだろう。が、それは必ずしも正しくない。

「通常の治療に関しては、ほぼすべて保険の範囲でできるのです」と話すのは、小豆沢(あずさわ)歯科(東京都板橋区)所長で歯科医の矢野正明氏だ。「『保険でよい歯を』東京連絡会」の世話人代表も務めている。

「保険か自由診療かは、クラウン(かぶせもの)や入れ歯の材料を何にするかで変わってきます。ただし、保険適用の材料だからといって、使い勝手が悪いというわけではありません」(同)

 材料によって、どういう違いがあるかというと、多くは見た目の差にすぎないという。実用性を重視するのなら、保険診療で十分なのだそうだ。自由診療を望まない場合、歯科医師からしつこく勧められようが、きっぱりと「保険でお願いします」と伝えるべきなのだ。

 <2>インプラントの適正価格が分からない。相場は?

 日本でインプラントを使った治療が本格的に始まったのは1990年代以降。最近になって歯科医院通いを始めた50代以上には分からぬことが多いのではないか。

 インプラントは自由診療。高額の診療費の請求が可能で、歯科医師にとってうまみが大きい。が、すべての歯科医師がインプラントを無条件で勧めるわけではない。

 矢野氏はこう話す。

「患者さんにとって経済的な負担が大きいので、積極的に勧めることはありません。しかし、自身の歯と同じように噛(か)めるようになるというメリットは大きい。インプラントが向いていると思った患者さんに対してはていねいに説明して、最終的にはご本人に決めてもらいます」

 矢野氏が在籍する小豆沢歯科では、インプラント治療を1本約30万円で行っているという。これが適正価格の最低ラインと見ていいようだ。

 中には、「1本10万円」という破格値を掲げている歯科医院もあるが、このような金額はインプラント体(人工歯根)の材料費と手術料だけというケースが多い。

 通常、10万円のほかにインプラント体の上に取り付ける上部構造(人工歯)と診断料、術後検診などの費用がかかる。全部合わせると、結局は1本30万円を超える。1本30万円から50万円が相場と見ていいだろう。

 ただし、顎(あご)の骨量が足りず、インプラント体を埋め込めない場合、「骨造成(こつぞうせい)」という手術が必要になり、さらに費用がかかる。

 べらぼうに高い金額の提示には警戒すべきだが、あまりに安いものにも、また用心すべきだ。

 <3>歯磨きは1日に何回やればいいのか?

 50代以上は特に警戒が必要な歯周病。その予防に歯磨きが効果的なのは誰でも知っているはずだ。が、その模範的な回数となると、意見が分かれるところ。「1日3回、毎食後ごとに行うべき」と話すのは、前出・サイトウ歯科医院の斎藤氏だ。

 とはいえ、斎藤氏は1日3回の歯磨きが必要不可欠だと思っているわけではない。その理由は次のとおりである。

 歯周病菌は食べカスに含まれるたんぱく質を栄養にして繁殖し、歯周病の原因となるプラーク(歯垢)ができる。それが歯や歯肉に付着してしまう。ここまでには約24時間かかる。この理屈からすると、歯磨きは1日1回で事足りる、というわけなのだ。

 しかし、実践では、こうはうまくはいかない。くまなく歯にブラシを当てているつもりでも、歯間などに食べカスが残ってしまい、完璧に磨けているケースはほとんどないからだ。

 しかも、プラークは粘り気があり、落としにくい。それよりは食べカスのほうが除去しやすいのだ。

 プラークになる前に磨いてしまったほうがいい。

 <4>歯周病予防は歯磨きだけで十分か?

「私が歯磨き以上に重要視しているのは『歯肉マッサージ』です」

 斎藤氏が勧めるこのマッサージは、歯ブラシもしくは指で行う。

 歯を磨いたあと、円を描くように歯茎の表面を指でマッサージするのだ。

 奥歯の歯茎から順々にマッサージするといい。表側が終わったら、裏側も同じように行うこと。

「歯周病菌は歯と歯肉の間に入り込んでいますが、この菌は酸素を嫌う。歯茎をしっかりマッサージすることで血管が刺激され、酸素を運ぶ赤血球の働きが活発になり、潜んでいる歯周病菌を撃退できるのです」(同)

 50代以上だったら、マッサージを考えてみるべきだろう。

 <5>歯を噛みしめるのは歯によくないと言われたが――

「上下の歯は、言葉を話したり、食事をしたりする時にだけ接触し、通常は離れています。噛みしめたり、あるいは歯を食いしばったりすることで、歯に強い力が加わると、歯周病悪化の原因になります。せっかく治療しても、そうしたクセがあると、なかなか症状が改善しません」(前出・小豆沢歯科の矢野氏)

 虫歯がないのに、歯がしみたりするのは、噛みしめが原因になっているケースが少なくないという。「意識的に歯を接触させないようにするのが大切」と矢野氏はアドバイスする。

 就寝中に自然と歯ぎしりをしてしまう場合、マウスピースを装着し、歯がぶつかるのを防いだほうがいい。これは治療で、しかも保険が適用される。マウスピースは5000円程度でつくることができる。

 <6>レントゲン撮影の人体への影響は?

 歯科医院でのレントゲン撮影を、歯科以外の医療機関でのそれより多いように感じる人は少なくないだろう。体に悪影響はないのだろうか……。

「歯科治療で使うデジタルX線撮影による放射線量は1枚で約0・01ミリシーベルト。同じくパノラマX線撮影で約0・03ミリシーベルトです。東京と米国のニューヨーク間を飛行機で往復した際に受ける線量が約0・2ミリシーベルトとされますから、まったく心配する必要はありません」(矢野氏)

 ただ、いくら問題がないといっても、中には1年に何回もレントゲンを撮りたがる歯科医師もいて、これは気になる。

「通常は2、3年に1回で十分なのですが、症状に何か変化があった時には、積極的に撮るべきだと、私は考えています。レントゲンを撮らずに治療するのは、海図を持たずに航海するようなものですから」(同)

 <7>歯科医から「歯を抜きましょう」と告げられたら?

 前出・サイトウ歯科医院の斎藤氏は歯を抜かない治療を標榜(ひょうぼう)している。患者が50代以上であろうが、それは同じ。

 なので、最近の簡単に抜いてしまう風潮に憤っている。

「私は『抜け抜け詐欺』と呼んでいるのですが、安易に抜く判断を下しすぎます。抜歯の治療方針に疑問を持った患者さんが私のところに駆け込んできますが、診察してみると、抜かなくても何とかなりそうなケースがたくさんあったのです」

 なぜ、抜かなくていい歯を抜こうとするのか。斎藤氏は「歯科医師の多くが効率ばかりを考えているから」と指摘する。

「歯を残す治療は簡単ではなく、時間がかかるわりに保険点数が低いのです。要するに儲(もう)からないから、早く抜いて次の段階に入ろうとする。中には、インプラント治療に持ち込むために、抜こうとしているケースもありました」

 歯科医師から「抜くしかない」と言われるケースの中で、もっとも多いのは「歯にヒビが入っているので、修復できない」というもの。そうした理由に対しても、斎藤氏は疑問を呈する。

「どうしても抜かなければならない場合もありますが、まだ手の施しようがあるケースが大半。亀裂が入ってグラグラしていても、その箇所に強力な接着力を持った薬を注入すれば抜かずに治療できる場合が多いのです」

 <8>歯科でもセカンドオピニオンを求められる?

 通常の医療では常識になりつつあるセカンドオピニオン。今かかっている病院とは別の医療機関に行って、第二の意見を求めることだが、歯科業界ではほとんど浸透していない。

 斎藤氏はこう話す。

「ずっと同じ歯科医師に診てもらうことが多い閉鎖的な歯科の分野でこそ、セカンドオピニオンは必要です」

 斎籐氏は平素、患者たちにセカンドオピニオンを推奨している。

「かかりつけの歯科医の診療が間違っていようが、患者側からはそれが判断できない。なので、少しでも疑問に思ったら、別の歯科医院を訪ねてみるべきなのです」

 ただし、問題はそれまで通院していた歯科医院側の対応。

「『俺の治療を信用していないのか』と気分を害する歯科医師が少なくない。また、紹介状はもとより、カルテやレントゲン検査結果などの資料を出してくれるように患者さんが頼んでも、なかなか応じてくれないのです」(同)

 患者に代わって、やむなく斎藤氏自身が患者の最初の担当歯科医師に連絡をとったこともあるという。

 <9>カルテの開示を求めることはできるか?

 2005年4月に「個人情報の保護に関する法律」が施行され、医療機関も歯科医院もカルテの開示が義務づけられた。いくつかの条件が付けられているが、患者本人が求めれば、基本的には開示を拒否することができない。

 したがって、前述のようにセカンドオピニオンのためのカルテ開示を渋る行為は、本当は許されないのだ。

「歯科医院ではトラブルも少なくないので、歯科医師側は『訴訟でも起こされるのでは』と不安になるのでしょうが、カルテの開示は患者さんの権利。請求を躊躇(ちゅうちょ)する必要はなく、歯科医師側もきちんと応じるべきです」(前出・小豆沢歯科の矢野氏)

 <10>歯科医院にいる歯科助手や歯科衛生士の役割は?

 歯科助手は受付、会計、器具の準備や清掃を担当。患者の口腔(こうくう)内に触れるなどの医療行為は禁止されている。

 一方、歯科衛生士は患者の口腔内に触れることができて、歯科治療の一部を担っている。歯のクリーニングやバキューム操作などが主な仕事で、歯の磨き方の指導も行う。

「歯科衛生士の役割は以前にまして大きくなっています。歯周病対策では、歯のクリーニングが特に重要視され、患者さんの年齢層が高くなっている現在、衛生士の活躍が欠かせなくなっています」(矢野氏)

 技術力の高い歯科衛生士は歯科医院の間で取り合いになっているという。経営をも左右する存在なのだ。

 <11>歯科医師の出身大学は治療の「うまい、下手」に影響する?

「『あの先生はどこの大学だから腕がいい』というのはありません」

 こう話すのは、東京都練馬区で歯科医院を開業する安藤三男氏。歯科医師歴55年の大ベテランだ。どこの大学の出身であろうが、歯科医師国家試験をパスしているのだから、優劣が生じにくいということだろう。

 が、その国家試験の合格率にはかなり差がある。安藤氏の出身大でもある東京歯科大の場合、合格率は06年以降12年連続で私立大17校中トップ。国公立大も含めた全29校でも12年から16年まで5年連続でトップだった。

 さらに安藤氏は母校について「患者さんが安心できるネットワークが構築されている」と胸を張る。患者のニーズに応じ、施設の整った大学病院やOBが運営する他院をすぐ紹介できる仕組みが確立されているというのだ。

 どんな歯科医師にも得意、不得意がある。また、引っ越しした際などには新たに歯科医院を探さなくてはならない。ネットワークが構築されている大学の出身者のほうがベターかもしれない。

「うまい、下手」を知るのに一番いいのは口コミ。古典的だが、確実だ。宣伝やネット情報、出身大に惑わされてはいけない。

 また、どの大学のネットワークがしっかりしているかというと、地域差もあるので、これも口コミに頼るべきだろう。偏差値の高低とは関係がない。

(ジャーナリスト・田中幾太郎)


たなか・いくたろう

 ジャーナリスト。1958年、東京都生まれ。週刊誌記者を経て独立。著書に『残る歯科医 消える歯科医』(Zaiten books)、『慶應三田会の人脈と実力』(宝島社新書)、『三菱財閥 最強の秘密』(同)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊 本日より「時間外・退職金」なし』(光文社)などがある

(サンデー毎日12月31日号から)

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