化学のクラレと陶器のノリタケが歯科材料でタッグを組む理由


化学のクラレと陶器のノリタケが歯科材料でタッグを組む理由

「歯科材料向け樹脂ブロック」 クラレノリタケデンタル/岡田浩一

岡田浩一・クラレノリタケデンタル社長補佐(開発担当) Photo by Masato Kato

 多忙な毎日を送る現役世代のビジネスパーソンにとって、できることなら行きたくない場所の一つは、歯科医院であろう。たいてい、我慢ができない状態になってから治療に駆け込むため、しばらく通院することを余儀なくされがちだ。この時間の捻出が簡単ではない──。

 一方で、歯科医の世界では競争が激しくなっている。2015年の統計調査では、国内のコンビニエンスストアの総数が約5万7000件であることに対し、歯科医院は約6万8000件と上回る。

 そうした状況下では、歯科医は最新の技術・部材を導入するなどして、「即日、治療完了」「通院は最短2回」などのメリットを打ち出し、ビジネスパーソンの心理的な障壁を下げようと努力する。

 確かに、かぶせものや詰めものは日進月歩で、治療内容によっては通院時間を短くできる。

 年々、競争が激化する歯科医の“お手伝い役"に徹することにより着実に成長を続ける企業がある。12年4月に発足したクラレノリタケデンタルだ。なぜ、化学会社のクラレと高級陶器メーカーのノリタケカンパニーリミテドなのか。

 端的に言えば、石油などの生物由来の有機材料を扱うことを得意としてきたクラレと、陶器などの無機材料を扱ってきたノリタケが一緒になって製品・サービスの拡充と規模の拡大を図り、世界市場に打って出ようと考えたからだ。

 意外にも、12年に経営統合した時点で、クラレは39年、ノリタケは25年、新規事業部門の歯科材料で奮闘を続けてきた。その末に、“結婚"へと至ったのである。

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新会社の発足で管理職を放免に

 この統合新会社で、歯科材料における次世代技術・サービス開発の伝道師のような役回りを担うのが、歯学博士の岡田浩一だ。彼は、この分野では知らない人がいないほどの実力者であり、クラレ社内でも2人しかいない「専門家認定」を受けた人物でもある。

 岡山県生まれの岡田は、大学で有機化学を勉強した後、1985年に県内で最大規模の工場(倉敷事業所)を擁するクラレに入社した。配属先はメディカル事業部の研究開発室だった。研究と付くが、製品開発が主体の新規事業部門で、所帯は小さかった。希望する部署ではなかったことから、大きな戸惑いもあった。それでも、性分が真面目な岡田は、こつこつと努力を重ねて仕事を学んでいった。

 入社13年目の97年に開発部へ異動してから、歯科用の複合材料や接着剤などを扱うプレーイング・マネジャーとして、部下の育成や指導を伴う管理職の仕事が増えていった。09年には「東京本社に飛ばされた」と笑って振り返る。あえて岡田がそう表現するのは、「企画開発部のマネジメント職になって権限は増えたが、私は現場でモノに触っていたかった」からだという。彼は、管理職の仕事には面白みを感じなかったのである。

 転機が訪れたのは、11年になってからだ。すでにノリタケとの統合新会社の設立準備が動きだした中で、本社の管理職としての義務から放免された。新会社の社長補佐をしながら、新しい領域・テーマを見つける調査や企画などの対外活動で自由に動き回れるようになったのだ。12年に新会社が正式に発足してからは、精力的に各方面へ顔を出す毎日を送った。

 当然ながら、対外活動にはミッションがある。歯科材料における市場動向の変化や技術情報を入手し、開発陣にフィードバックする。その傍らで、14年には自らが開発に携わった新製品・高分子技術の理論化で博士号も取得した。

 この新製品(冒頭の写真で岡田がつまんでいる小さな部材)が、歯科治療で使う樹脂ブロックである。(1)クラレが持つナノサイズの超微粒子の表面処理技術、(2)ノリタケが持つ圧縮成型技術、(3)クラレの含浸・加熱重合技術を融合した固有の新素材で、削って使う。

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 最大の特徴は、従来の金属製のかぶせものや詰めものと比べて、加工性と耐久性に秀でているところである。現在、歯科治療の現場で導入が進むCAD(コンピューター・システムを使った治療)や、CAM(コンピューター・システムを援用した歯科材料の製作)に適するようにデザインされた。

歯科材料の分野では“脱金属"が進行する

 実は、ここに大きなポイントがある。例えば、今では世間で前歯に金歯や銀歯を入れている人を見掛けなくなって久しい。その背景には、(1)審美性という観点、(2)金属アレルギーの問題、(3)レアメタルの価格変動などの要因がある。そして、将来的にも“脱金属"が加速する流れが見込まれる。

 14年に前歯の左右にある犬歯の奥の小臼歯まで樹脂ブロックの適用が進んだことも、脱金属を進めた。この新しい市場で、独走できる期待感があるのだ。

 今後、小臼歯の先にある大臼歯(奥歯)まで保険が適用されるかどうか未知数だが、岡田は「これからCAD/CAM用の歯科材料は伸びる。新素材を軸に、18~19年度に約200億円の売り上げ規模まで育てたい」と力を込める。

 過去40年ほど、各種の歯科材料を扱ってきたことで、欧米を中心に90カ国以上に製品を輸出する。さらに、臨・産・学・官(臨床、企業、大学などの研究機関、霞が関)を横断する岡田は、今年6月に発表された「平成29年版の産業ビジョン」(歯科医療技術革新推進協議会・編)の策定に参画を要請されるほどに大化けした。

 16年度のクラレの連結売上高は4852億円、営業利益は678億円。かねて同社は、南米原産の白いアルパカと“ミラバケッソ"という造語を使って「未来に化ける新素材を開発する」と訴求してきた。チーム岡田が率いる部材の数々は、規模は小さいがミラバケッソの具体例の一つである。「あと3年で定年」と明かすが、周囲の人たちが放っておかないだろう。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

【開発メモ】治療技術は日進月歩
 歯科治療の世界では“デジタル化"が進む。従来は、かぶせもの(補綴物)は石こうで型取りして模型を作り、歯科技工士が手作業で製作していた。現在では、口腔内の画像データを読み取り、歯科技工士がデータを基に機械で補綴物を削って成型する手法が主流となりつつある。CAD/CAM技術の進歩により、作業効率や仕上がり品質が飛躍的に向上した。

写真提供:クラレノリタケデンタル