免職取り消しの歯科医が職場復帰 4年ぶり診療室に愕然:朝日新聞デジタル


免職取り消しの歯科医が職場復帰 4年ぶり診療室に愕然

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河合博司

2021年1月23日 11時23分

 山梨県富士吉田市立病院歯科口腔(こうくう)外科で主任歯科医師として働く日々を、「診療拒否」「パワハラ」を理由にした懲戒免職処分が断ち切った。それから4年余。司法の場で完全勝訴した大月佳代子さん(62)が22日、職場復帰した。復職条件をめぐる市との対立を乗り越え、再び患者と向き合う。

 午前8時前、大月さんは病院に入った。

 「先生お帰り! 待ってたよ。また一緒に働けてうれしい」

 医師、看護師ら8人がバラの花束を用意して待ち構え、顔なじみから声がかかった。病院は新型コロナウイルス対応に追われている。3分ほどだったが、復帰を祝うために集まった。

 しかし、診察室に入った大月さんはがくぜんとする。

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 大月さんによると、いすと歯を削る道具以外、診療器具がない。薬も、紙コップも、ピンセットも、ミラーも……。スタッフもいない。これでは診療はできない。渡辺亨事務長に抗議したが、明確な答えはなかったという。

 松田政徳院長は7日、処分前のように「診療業務が行える職場環境となりました」と文書で通知し、速やかな出勤を促した。それを受けた復帰だった。

 復帰が確実になった20日には、渡辺事務長が「診察できる施設環境は整備できた」としながらも、「すでに4年以上が経過し、診療体制も変化している。歯科衛生士などの医療スタッフの配置については、職場復帰後に協議・調整する」という内容の文書を大月さんの代理人弁護士あてに出している。

「応援してくれた人に感謝」

 大月佳代子さんは22日朝、出勤前に市立病院の外で報道陣の質問に答えた。

 ――判決確定から復帰まで7カ月かかりました。

 堀内茂市長と松田政徳院長には、最高裁判決に従った行動をとっていただきたかったと強く思います。

 ――患者が待っています。

 患者さんとしっかり向き合い、治療することが私の信条です。ここに戻ってこられたのは、多くの患者さんや病院の医師、看護師の方々が応援してくれたから。感謝しかありません。

 ――市長は「処分理由は事実」「謝罪する気持ちは毛頭ない」という発言を続けています。

 残念です。真実はひとつ。私の復活で事実関係がはっきりしてくると思うので、しっかり対応したい。

チェック機能の欠如、浮き彫りに

 懲戒免職処分から4年2カ月。訴訟に多額の税金を使い、患者から適切な治療を受ける機会を奪った富士吉田市立病院をめぐる訴訟が浮き彫りにしたのは、市幹部や議会(定数20)のチェック機能の欠如だ。

 処分の背景には、地元の歯科開業医側が「仕事が奪われる」と歯科口腔外科の開設に反発したことがある。大月佳代子さんに、歯科医師会幹部が「歯科医師の資格が無い」と暴言をぶつけたことも訴訟で明らかになった。そうした雰囲気や発言を知る市側も調整する役割を放棄したと言わざるを得ない。

 いびつな形で始まった「医療連携」は、「一部の歯科開業医が紹介した患者が歯科口腔外科で診療してもらえない」と、歯科医師会長(当時)が文書で市長に直訴する事態に発展する。訴訟で否定された「診療拒否」のことだ。

 その後、処分理由を確定するための市の調査で、医療スタッフへの「パワハラ」も加わる。事情聴取で呼ばれた大月さんに、調査責任者が「事実関係を究明する場ではありません」と発言している。結論ありきの調査ではないか。

 司法判断が確定し、処分が違法だと認定されたのに、堀内茂市長は「処分は適切だった」という発言を繰り返した。本来、謝罪すべきであるにもかかわらずだ。大月さんは市長の発言は名誉毀損(きそん)にあたり、職場復帰が遅れたなどとして、新たに市を相手取り、損害賠償請求訴訟を起こした。

 職場復帰を果たした大月さんが、万が一にも嫌がらせのようなことを受けることがあってはならない。これからも注視していく。(河合博司)

富士吉田市立病院訴訟をめぐる経緯

2013年3月 市立病院に歯科口腔外科開設

   16年7月 地元歯科医師会長が「診療拒否」の改善を市長に要望

     11月 市が大月佳代子さんを懲戒免職処分に。診療拒否やパワハラが理由

     12月 大月さんが処分取り消しを求め、甲府地裁に提訴

   19年1月 地裁判決で市が敗訴

     2月 市が東京高裁に控訴

     10月 高裁が控訴を棄却

     11月 市が最高裁に上告

   20年6月 最高裁が上告を受理せず、処分取り消しを命じた判決が確定

   21年1月 大月さんが職場復帰