三井化学、歯の治療に3Dプリンターで「一枚かむ」: 日本経済新聞


三井化学、歯の治療に3Dプリンターで「一枚かむ」

2021年3月23日 2:00 [有料会員限定]
米デンカのソフトで入れ歯の最適な設計が可能になる

三井化学が歯の治療のデジタル化に一枚「噛(か)もう」としている。クラウド上で入れ歯の設計が可能なソフトウエアの販売を始め、3Dプリンターで作成が可能なシステムを構築している。歯科技工士の人材不足が顕著になる中で、出資先企業と連携して存在感を拡大する狙いだ。

「職人技」を簡単に再現

「15年かかって身につけた作業が、こんなにも簡単にできるのか」。入れ歯を作る技工士の一人は、三井化学が提供するシステムを見て、驚きを隠せなかったという。入れ歯は一般的に患者の口内からとった型を基にワックスで「床」を作成し、技工士が人工歯を並べて調整する作業が必要となる。歯を最適に並べて適切なかみ合わせにする調整は難しく、長年の経験が必要となる。

三井化学が2013年に過半出資した米デンカの提供するシステムでは、クラウドで動くソフトウエアで最適な入れ歯の設計ができる。設計データを基に、3Dプリンターが床と人工歯を作ることができるのが特徴だ。床と歯を接着すれば、入れ歯が完成する。

ソフトウエアと3Dプリンターを使った入れ歯の作成時間は従来の技工士が実施した場合と比べ、10分の1程度で済む。調整のため患者が歯科医に通院する回数も5回から3回程度にまで減らすことができるという。

デンカのソフトウエアの日本での提供は20年11月に始めた。クラウドベースでソフトウエアを提供するために通常は数百万円する場合もある初期投資が不要で、使用に応じて課金する。入れ歯だけでなく様々な歯の治療材を一括で作成できるプラットフォームにする方針だ。三井化学はこれに加えて、3Dプリンター用の樹脂の設計などでも歯科材料の分野に参入しようとしている。

入れ歯の床になる樹脂は日本で「クラス2」の認可を受け、本格販売を始めた。口内で使用するため課題だった安全性や品質面をクリアしたことで、3Dプリンターを使った入れ歯の作成の道筋が開けた格好だ。

3Dプリンターで義歯を作成する

技工士の世界では熟練人材の不足が鮮明になっている。50歳以上のベテランも多く、正確な入れ歯を作るには根気のいる作業が欠かせない「匠」の世界だ。「若者の担い手が減り、技工士になっても3年で約7割が辞めてしまう」。現場では、こんな声も聞こえる。

それでも高齢化を背景に、歯科医療の現場で入れ歯のニーズが増えることは間違いない。義歯作成の効率化が重要な課題になりつつある。

時間とコストを削減

3Dプリンターを使った設計は時間とコストの削減につながる。部分入れ歯を例にとれば従来は5時間半かかるところが、3Dプリンターを使えば75分に短縮できる。3Dプリンターでは切削して作成する手法よりも材料の損失が少ない点も利点になるという。

三井化学は従来の石油化学などの汎用化学品からヘルスケア領域に力を入れるなかで、歯科材料に着目した。金属から樹脂への転換が進んでいることに加えて歯科材料を3Dプリンターで作成するなどの新分野では新たな樹脂のニーズが生まれ、自社の設計技術が生かせるとみたからだ。

提携先も増やしてきた。13年に米デンカに出資し、600億円を投じて独歯科材料メーカーのクルツァーを買収した。18年には3Dプリンターメーカーの米B9クリエーションズにも30%超を出資するなど「デジタルと歯科治療の融合」への足場を築いてきた。

20年には歯科用の3Dプリンター向け樹脂を相次いで発売している。11月に本格販売を始めた入れ歯の床用樹脂は6色を用意し、装着した際の違和感が少ないようにした。虫歯などの治療による穴を補修する銀歯の作成する際に鋳造に必要な型も、3Dプリンターで作成できる樹脂を発売した。従来は技工士がワックスで一つ一つ銀歯の鋳造用の型を作っていたが、3Dプリンターでは一度に50個を作れるようになる。クルツァーと三井化学で共同開発した。

3Dプリンターでマウスピースを作成するための樹脂材料の販売も始めている。マウスピースはかみ合わせによる顎の障害から回復するため、スポーツ時に使う場合が増えている。三井化学のエラストマー技術で、柔らかさと耐衝撃性を両立した樹脂を設計した。

3Dプリンターを使用した歯科治療は、まだ立ち上がったばかりだ。先行する米国でも利用実績は1~2%程度とされる。日本では研究機関での臨床事例を増やし、保険適用などの道を探ることが今後の課題となる。

アジア市場も視野に

これからは人口増が鮮明なアジアも有力な市場になる。ただし歯科材料メーカーの米デンツプライと米シロナが合併して世界最大メーカーが誕生し、デジタル分野を強化している。グローバル市場での競争に勝つのは簡単ではない。

三井化学は歯科材料メーカー、松風と資本提携を強化し、11%の出資比率を20%超に引き上げた。これにあわせて三井化学が70%を出資していた歯科材料メーカー、サンメディカルの株式の20%分を松風が取得した。「関係を強化して国内外の販売網を活用し、新たなソリューションを広げていきたい」と三井化学のH―プロジェクト室の大岡真行技術顧問は語る。戦略的な提携だ。

三井化学の歯科材料関係の売上高は現状で400億円程度とみられる。デジタルを駆使した手法を拡大することで、中長期的には売上高の倍増を視野に入れている。

(企業報道部 福本裕貴)