ワクチン注射、人員確保に壁 職種規制で歯科医ら対象外: 日本経済新聞


ワクチン注射、人員確保に壁 職種規制で歯科医ら対象外

2021年3月26日 1:00 (2021年3月26日 5:15更新) [有料会員限定]
菅義偉首相も16日にワクチン接種を受けた(東京都新宿区の国立国際医療研究センター)=代表撮影

新型コロナウイルスのワクチン接種を巡り、注射を打つ人員をどう確保するかが課題に浮上してきた。日本の現行法は医師や看護師しか認めていない。医学生やボランティアも活用する米欧に比べ接種に時間がかかる可能性がある。自民党内で歯科医師らに対象を拡大する有事対応を求める声があがっている。

みずほ総合研究所の試算によると、高齢者への接種を政府が目安とする12週間以内に終わらせるには1日当たりの接種回数は157万回必要だ。

大都市圏の場合、1都府県で1日当たり医師500人、看護師1000人以上をワクチン接種人員として確保しなければならない。みずほ総研は大都市圏の医療従事者は不足しており「人員面からみて実質的に困難だ」と指摘する。

参院自民党は2月、全国の自治体にワクチン接種に関する聞き取り調査をした。最も多く挙がった課題が「医療関係者の確保」だった。

厚生労働白書によると2018年末時点で医師として従事している人は31万2千人、看護師は准看護師も含めると156万人いる。菅義偉首相は2月10日、医療従事者への先行接種に先立ち日本医師会(日医)の中川俊男会長と会談し、ワクチン接種を担う医師の確保を要請した。

実態は追いついていない。日本経済新聞が主要自治体に2月末の状況を聞いたアンケートでは北海道帯広市や旭川市は集団接種に必要な人材が「全く確保できていない」と回答した。東京23区でも「6割以下」の自治体が6区あった。

通常の医療体制を維持しながら新型コロナの治療に対応しなければならない。高齢者に加え16歳以上の国民すべてを対象とするワクチン接種のピークを迎えるにあたって、人員を確保するのは容易ではない。

ではワクチン接種が医師や看護師に限定されるのはなぜか。ワクチンなどの予防接種は医療行為にあたり、医師法は医療行為は医師しかできないと定めるからだ。

看護師は保健師助産師看護師法に医師の指示に基づいて診療を補助できるとの規定があるため注射を打てる。歯科医師を含めそれ以外の職種は現在の法解釈で予防接種の注射はできない。

歯科医師法は歯科医師の業務を「歯科医業」と規定する。旧厚生省が1949年に出した通知を基に、歯科医行為は口の中の麻酔は可能でも、ワクチン注射は含まないと解釈される。

日本歯科医師会は「新型コロナのワクチン接種は全身疾患に対する医行為だ。現状では歯科医がすると医師法違反になる」と強調する。

薬剤師に関してはよりハードルが高い。薬剤師法は薬剤の調合に関する業務を規定する。薬剤師は法律で診療補助をできる職種として規定されていない。注射を打てるようにするには薬剤師法の改正が必要になる。

世界に目を向けると、米国の一部の州や英国は歯科医師や薬剤師にワクチン接種を認めている。コロナ禍に伴い対象を広げた例もある。

米ニューヨーク州などは医学生による注射を認める。保健当局が大学や看護学校と連携して研修を受けさせ安全性を保つ。救急隊員が医療関係者の代わりにワクチンを打つことができる州もある。

英国は医療資格を持たない一般のボランティアも活用する。18~69歳で大学進学に必要な学業修了認定を持つなどの条件を満たせば、研修を受けて接種資格を与える。医師が会場に控え不測の事態に備える。

日本でも法改正なしに例外的に歯科医師にワクチン注射を認める余地はある。

厚労省は通常なら違法とされる行為について、法学者や公衆衛生の学者を集めた会議で違法でないとの法解釈をまとめて通知することができる。昨年4月、PCR検査の検体採取を特例で歯科医師に認める通知を出したのはこの手法だった。

日医は慎重だ。幹部の一人は「医事法制に基づき、接種は医師と医師の指示をうけた看護師が担うべきだ」と話す。歯科医師など他の専門職も接種できるようにする議論はしていないという。

自民党内も医師会などの集票力を期待する衆院選が視野に入り、ワクチン接種が可能な職種を広げる動きは鈍い。加藤勝信官房長官は25日の記者会見で「現行法上認められていない医療関係者にまで注射を行ってもらうことは考えていない」と明言した。

有事の際の特例的な対応は政治が主導して安全性とスピードの両面を意識しながら議論を進める必要がある。