医療現場にいる開発者が語るkintoneがもたらしたもの


医療現場にいる開発者が語るkintoneがもたらしたもの

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 11月10日、ヴァル研究所でkintone Cafe Japan Tokyoが開催された。当日はいくつもの講演やハンズオンが行なわれ盛り上がったのだが、今回は、「裏kintone AWORD」という企画で、惜しくもアワードに選出されなかったkintoneユーザーによるプレゼンが行なわれた。

お題は「医療現場にいる開発者が語るkintoneがもたらしたもの」

 お題は「医療現場にいる開発者が語るkintoneがもたらしたもの~トンチンカンなものを作らなために~」で、プレゼンターは猪原歯科リハビリテーション科、医療情報・広報の前田浩幸さん。

 広島県福山市にある歯医者で働いており、少し南に行くと、宮崎アニメ「崖の上のポニョ」のモデルになった町があるという。前田さんは、東京出身で、東京医療保健大学の医療情報学部を卒業。医療情報技師という資格を持っている。

 「医療とITという2つの専門領域の間には深い谷があります。お互いはそれぞれのプロフェッショナルですが、お互いのことを知らないのです。そのため、プログラマーが事務所で考えて医療のシステムを作ると、現場に即しておらず全然使えないシステムができてしまうのです。そこで、医療とITをつないであげる専門の人が医療情報技師というわけです」(前田さん)

 前田さんが働く猪原歯科には、なんと受付にキッチンがある。それは、彼らのポリシーをアピールするためだという。

 「私たちは、自分たちを“食べる支援をする歯科医院"と定義づけています。その象徴として、受付を入るとすぐにキッチンがあるのです」(前田さん)

 地域における歯科医院の仕事は、虫歯を治したり、歯のクリーニングをしたりするだけではない。たとえば、入れ歯のケア。入れ歯は口に入れていれば使えるものではなく、きちんと合っていないとゆるんだり落ちたりして、全然ご飯が食べられないという。そのため、入れ歯を調整してあげるのはとても大切な仕事なのだ。また、脳卒中などで体に麻痺が出ている場合、ご飯をうまく呑み込めないこともある。この場合は、リハビリテーションが必要になったり、その人が今食べられるご飯の中でどうやって栄養を取るのか、といった提案が必要になる。前田さんは、歯科医院は虫歯を治すだけでなく、ごはんを食べられるようになってもらうのが仕事、と考えているという。

 「普通の歯科医院に行くと、歯科医師と歯科助手、事務の人くらいしかいません。たとえば、喉に麻痺があって飲み込めない人に栄養を取ってもらう仕事には、これらの職種だけでは対応できないんです。食支援は多職種での取り組みが必要です。メニューを考えるなら管理栄養士が必要ですし、介護にかかわるならケアマネージャーが必要です」(前田さん)

 続いて、「さて、これは食べられるお口でしょうか」と言って前田さんが表示したスライドは衝撃的な写真だった。前田さんが見ている患者さんの口の中なのだが、まともに歯が生えていないのだ。数本しか残っていなかったり、とんでもない方向に生えていたり、これでは到底まともな食事はできないだろう。しかし、前田さんは「よく見る口です」と言う。高齢者の方で口のケアをしていないと、歯周病が悪化して歯茎が下がり、最後には歯が折れてしまう。

 「入れ歯をしている人が、邪魔だからと外すと唇を巻き込んで、ふごふごふごという状態になります。唇が中に入っていくので、しばらくすると自分の歯で唇に穴が開くんです。これが、日本でたくさん起きているリアルな口の中です。果たして、こういう口になると、ご飯がおいしく食べられるかってことなんです」(前田さん)

 そんな彼らの歯医者には、外来診療部と訪問診療部がある。外来は患者が自分で通院して受診してもらうところ。訪問診療は、患者の自宅や入院先の病院といった施設に出向いてケアをするのだ。

 「私たちが2つの部署を持っている理由は、患者さんの人生のどこのライフステージにおいても“食支援"、つまりご飯を美味しく食べていただきたいからです。元気な時は自分たちで歯医者に来てください。もし、脳卒中で倒れたというときにも、私たちの訪問診療部が病院に行って、口の中を見せてください、退院して在宅治療になっても、麻痺があるならちゃんとケアをするために、ご自宅に行って、変わらずケアをしますと」(前田さん)

 ところがこの訪問診療という仕事がなかなか大変で、現場で問題が起きていたそう。前田さんが入職したときに、訪問仕事に無駄が多く、スタッフの業務負担が大きいのでなんとかしたいという話がきたそうだ。

 「感情的に「本当に困ってるのよ!」とまくしたてられるわけです。そこで、現状を調べるために、実際に訪問診療に同行したり、スタッフたちの聞き取りを進めました」(前田さん)

 訪問診療で現地に向かい、治療した後は、患者の記録を取るためにマイクロソフトの情報管理ソフト「OneNote」にデータを入力する。次に、ワードに内容をコピーして印刷し、患者のところに置いてくる。そして、帰ってきたら「OneNote」を開いて、別のソフトにコピー&ペーストして、さらに印刷して郵送という作業を行なう。そのため、毎日午後8時まで残業が発生していたという。

 「複数のソフトが混在していて、元が同じ情報なのに何度もコピー&ペーストしているのが、すごい無駄でした。また、誰がどの作業をやるのかというワークフローも決まっていなかったのが問題でした。

 また、日中は訪問診療部は外に出ているが、その間にもほかの施設からどんどん電話がかかってくるそう。「●●さんのごはんなんですけど、食べれてますかね~?」といった内容なのだが、事務の人は情報を持っていないので、スタッフが帰ってきたら折り返し電話を掛けさせるという対応になる。すると、訪問診療から帰ってきたスタッフは、さらに積みあがった業務をさばかなければならず、残業時間は伸びるばかり。

 そうなると、システムを導入して業務効率の改善を行なう必要がある。しかし、前田さんは既存のシステムをベンダーから買って使っても、だいたいみんな使いづらいと感じているという。

 「意識が高いところは、では作ろうという話になります。すると、外部のSEさんに会って、うちの電子カルテ使いづらいんですけど、という話から始まり、じゃあどんなシステム欲しいんですか、っていうから、こういうシステムが欲しくてと、とりあえず自分たちの困っていることを伝える。SEさんは医療のことはわからないけど、自分の中でかみ砕いて要件定義していきます。ある程度完成したと、いざテストすると、だいたい思ってることと違うなとなります。それで、正直にSEさんに言うと、修正するのに何十万円かかりますと言われてしまいます。仕方がないので我慢して使うというのが、本当に起きているところです。システム開発会社が主導で進めるパターンはさらに現場のニーズに合っていないことが多いです」(前田さん)

 たとえば、ある情報が必要だとしても、その流れに沿って入力する時間はないとか、製品価格が、そのシステムを導入したときに、その業務改善で儲かる稼ぎより明らかに高すぎるといったことが起きるそう。

kintone導入により生じたメリット

 「そこで、kintoneという話になります。kintoneはシステムの要件定義から設計、開発までの全部を自分たちでできます。ダメだったら、自分たちですぐ立ち戻ればいいんです。トライアンドエラーのコストがすごく安い。そして、自分たちが作れないと困ったら、SEさんに頼めばいいんです。その時は、困っているので要件がしっかり定まった状態で依頼できるのがいいところです」(前田さん)

 現在は、訪問治療したらノートPCを開いてkintoneに入力し、PDFを作成するというボタンをクリックする。続けて、FAXボタンをクリックすれば、書類を送らなければならな人たちに、その場でネット経由のFAXが送信される。kintoneだけでは作れない機能は、外部のプライグインを活用。そして、訪問診療部は帰ってきてからの事務作業から解放されたそう。昼間に事務員に連絡が来ても、kintoneにすべてが入力されているので、その場で返答ができる。そのため、折り返しの連絡作業からも解放された。結果、全員が毎日2時間の時短を達成し、大幅な業務効率改善ができたのだ。

 「効率化したのはすごいんですが、もう1個大事な視点があります。書類作成という医療者本来の仕事ではないところを削ることによって、医療者が患者さんの横にいる時間が増えるんです。本質的な業務の時間を増やせたというのが素晴らしい成果なのかな、と思います」(前田さん)

質疑応答タイム

 最後に、質疑応答タイム。まずは、このkintone裏AWORDを企画したアスキーの大谷さんから「kintoneに行きついた経緯は?」という質問。

 「私の入職前に、当院の医院長がサイボウズの事例動画にも出ている企業に見学に伺っていたんです。そこで、kintoneを導入すべきだ、という流れはすでにあり、私の入職に合わせてkintoneをはじめました」(前田さん)

 「システムを作るにあたって外部のSEに頼んでいたことを自分でできるとおっしゃったが、裏を返せばすべて自分がやらなければいけないのか? ということに対しての抵抗感はなかったですか?」(大谷さん)

 「もともと医療システムを作ると、現場に即していないものができるというのは有名な話です。手間が増えるというよりは、むしろそれができるというのが、私にとっては希望でした。100%のものはできないんですが、70%でいいんです。100%が欲しいという発想が悪で、現場は刻々と変わるし、スタッフも変わります。だから70%をキープするシステムの方が大切で、だからこそkintoneは医療の現場と親和性が高いと感じています」(前田さん)

 「実際に使っているエンドユーザーさんの反応はどうでしたか? ITリテラシーもデバイスもまちまちだと思いますが」(大谷さん)

 「まず残業に困ってる現状があったので、導入はぱっとできました。「私は家に帰って、家族とご飯食べられるのね」って感動していました。正直に言うと、操作方法の問い合わせはたくさんきました。ただ、きちんと説明すると、今度はその人がほかの人に教えてくれるティーチャーになってくれます。また、現場が言ってくれるニーズは、おおむね的を射ています。我々が面倒くさがらずに対応して、一緒に楽しくkintoneを作っていくっていうのが重要だと思います」(前田さん)

 「今後、どのようにシステムを展開していきますか?」(大谷さん)

 「実は、まだkintoneにつながっていないシステムがいくつかあるので、それを飲み込んでさらに事業の効率化を図っていきたいです」(前田さん)

 別の質問者は、800人くらいが働く医療機関に勤めている男性。質問は、「厚生労働省が医療情報に対してのセキュリティー制限をかけようとしていますが、kintoneの個人情報の扱いはどうなっていますか?」というもの。

 「電子カルテだと、セキュリティー要件などが定められているのですが、今回kintoneで作ったシステムは電子カルテとしては扱っていません。そのため、ガイドラインはないんですが、私もそこは気になっているところでした。いろいろ調べたのですが、おおむね問題はありません。

 ただ、携帯を紛失して、ロックを解除されたらそのままkintoneにも入られてしまいます。今、私たちもセキュアアクセスを導入して、携帯を紛失したら、すぐに遠隔操作でアクセスできないようにする仕組みを作ろうとしています」(前田さん)

 前田さんの医療への想い、kintoneの積極的な活用、実現した大きな業務改善の成果、など確かに裏kintone AWORDを企画したくなるのも納得のプレゼンだった。今後も、前田さんは医療の現場でkintoneを駆使して活躍してくれることだろう。

医療現場にいる開発者が語るkintoneがもたらしたもの