質の低い銀歯使って高い治療費請求 悪徳歯医者の手口|BIGLOBEニュース


質の低い銀歯使って高い治療費請求 悪徳歯医者の手口

「危ない銀歯」を埋められていないか(撮影/岩澤倫彦)

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 何度も歯医者に通い、削って、詰める──虫歯治療は患者にとって時間もカネもかかる。しかし、その虫歯治療の主流をなす「銀歯」を巡り、一部の歯医者が患者の信頼を裏切るような治療を行なっている。『やってはいけない歯科治療』著者のジャーナリスト・岩澤倫彦氏が、静かに広がっている危機をレポートする。

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◆発がん性の指摘も

 これからあなたが虫歯の治療を受けようとしていたら、ぜひ注意していただきたい。粗悪な銀歯で治療される恐れがあるからだ。

「患者さんに黙って、『ニッケル・クロム合金』や『銀合金』が、銀歯として使用されています。それが口腔内で、どのような影響を及ぼすかお分かりですよね? どうすることもできず、心苦しい限りです」

 こう内実を明かすのは、銀歯を製作している歯科技工士だった。保険診療で一般的に使用される「銀歯」は、金12%、パラジウム20%、銀40%以上を含む、金銀パラジウム合金=通称「金パラ」を指す。それが、「ニッケル・クロム合金」や「銀合金」が使われるようになった理由は、「価格差」にある。

 大臼歯(奥歯)をクラウン(被せ物)で治療した場合の診療報酬額は、金パラで「9670円」。このうち金属代は「5130円」を占める。それがニッケル・クロム合金では「4640円」の診療報酬のうち、金属代は僅か「100円」。銀合金では「5030円」のうち、金属代は「490円」でしかない(患者負担は1割または3割)。

 治療費が安い方がいい、と思う人もいるだろうが、患者にとって無視できないデメリットがあるのだ。

 ニッケル・クロム合金は極めて硬く、噛み合う歯に深刻なダメージを与える場合がある。また、金属アレルギーが起きやすく、口腔内にガルバニー電流(*注)を発生させる要因にもなる。さらに発がん性を指摘する専門家もいる。

【*注/口のなかに2種類以上の金属がある場合、唾液を介して接触して微弱な電流が流れることがある。不整脈、頭痛などの原因になるリスクがある】

 銀合金は逆に柔らかすぎて、耐久性が低い。長期間経過すると、黒ずむ場合がある。いずれも保険診療で認められている金属だが、安い以外にメリットはない。

 本来、最適な歯科用金属は金やプラチナの合金とされるが、費用が高い。そこで安いパラジウムを混ぜた代用金属の「金パラ」が、日本で独自に開発された。臨床経験が長い歯科医・坂詰和彦氏はこう指摘する。

「保険診療で認められているとはいえ、ニッケルと銀合金を使用する妥当性はないと思います。とはいえ、一般の患者が銀歯を見て、金パラ、ニッケル、銀合金の違いを見分けることはできないでしょう」

 一部の歯科医が、患者の健康を度外視してまで必死にコスト削減を図るのは、「金パラ」の価格が急上昇したことに起因している。「金パラ」で治療すればするほど赤字が膨らむという、異常事態が起きているのだ。

 パラジウムの小売相場は500円/g前後で推移していたが、1990年代後半から上昇傾向に転じる。携帯電話の部品や、自動車の排気ガスを浄化する触媒として、需要が高まったからだ。

 さらに主要産地がロシア、南アフリカに限られ、貴重なレアメタルとして投機筋の注目を集める。マネーゲームの対象となったパラジウム相場は、乱高下を繰り返して上昇。今年に入って「金地金(きんじがね・インゴット)」を抜いて、6000円/g台になった。

 パラジウムの急激な値上がりによって、今や銀歯に使う「金パラ」も貴金属として扱われている。

 患者から外した銀歯を業者に売却、相当の利益を得ている歯科医もいる。使用済み銀歯は精製され、再生金属として再び歯科治療に使用されるのだ。前出の歯科技工士は、こんなことも教えてくれた。

「(金パラの)銀歯の内面を削って作るように歯科医院から要求されています。少しでも金属の量を減らすためです」

 薄くなった「銀歯」の耐久性が落ちることは容易に想像できる。「金パラ」の急騰が歯科医院の死活問題になっているのは制度的な欠陥も影響していた──。

◆治せば治すほど赤字

 現在、「金パラ」の診療報酬は、「1458円/g」となっている。この問題に詳しい福岡県歯科保険医協会の浦川修・副会長によると、歯科医院が購入する「金パラ」の実勢価格は消費税を含めると「約1900円/g」だという。

 つまり、「金パラ」1gあたり「442円」の逆ザヤ=赤字が発生することになる。実際の治療に置き換えてみよう。

 大臼歯にクラウンを被せる場合、「金パラ」を3.5g程度使用するので、次の計算式になる。

「3.5g×442円=1547円」

 大臼歯一つで、「1547円」の赤字は、経営を大きく圧迫する。

「この1年間に歯科業界全体で発生した金パラによる赤字を試算すると約28億円でした。パラジウムが不安定な価格変動をしている以上、金パラが保険診療の材料として相応しいのか疑問です」(歯科医・浦川修氏)

 厚労省では、金パラの価格が5%以上変動した場合に限り、中央社会保険医療協議会(=中医協)で、診療報酬を改定する。時期は年2回、4月と10月。ちょうど来月は改定時期にあたるので、厚労省保険局に確認したところ、意外な答えが返ってきた。

「すでに2月の中医協で、金パラの公定価格は改定しないと決定しました。次回の10月までは、現状維持の方針です」

 このまま「金パラ」の高値が続くと、歯科医院は10月まで「赤字診療」を続けることになる。

 これは歯科医院にとって死活問題であるのと同時に、患者にも様々な不利益をもたらすことが予想される。全国保険医団体連合会の馬場淳・副会長(歯科医)は、厚労省の対応に疑問を呈する。

「中医協が金パラの公定価格を決定する根拠(資料)を、厚労省は明らかにしていません。完全にブラックボックス状態なのです。私たちの団体が情報公開を求めたところ、厚労省は市場に影響を与えるという理由で拒否しています」

 去年4月に改定された金パラの価格「1458円/g」から、現在は「約1900円/g」に上がっているので、変動幅は約30%だ。5%以上の価格変動がありながら、厚労省は診療報酬を改定しなかったことになる。

「パラジウムの価格が、為替相場のように上下している時期は、診療報酬の改定で逆ザヤを解消できていました。しかし、投機対象となって価格が一方的に高騰している状態では、歯科医院の逆ザヤは累積していくばかりなのです」(同前)

 歯科の診療報酬は、年間約2.7兆円。安倍政権になってから社会保障費の抑制が強いられている以上、厚労省としては金パラの公定価格を上げたくないのが本音ではないか。

 こうした不条理とも言える状況に、歯科医が甘んじているのには理由がある。日本の歯科医院の約9割が、保険診療を中心に経営しているが、厚労省の下部組織が診療報酬を厳しく審査する。厚労省に対して、歯科医が問題点を指摘することは、"猫の首に鈴を付ける"ようなものだ。

「金パラ高騰」に対して、行き場のない歯科医の嘆きが筆者に寄せられている。

「治療するほど、赤字が増える」

「金パラで治療するのは、もう厳しい」

「10月の改定まで、赤字経営を続ける自信はない。後継者もいないので、閉院を検討している」

◆患者を騙して利益を確保

 実は、首都圏の歯科医院は自費診療の比重が大きいので、「金パラ高騰」の影響は比較的少ないという。

 一方、関西やその他の地方では、保険診療が経営基盤となっているので深刻だ。赤字経営に耐える歯科医がいる一方で、不正請求に手を染める者もいる。前出とは別の歯科技工士が、こんな証言をした。

「先生(歯科医)の中には、2つの技工指示書を出す人がいます。一つは、私にニッケル・クロム合金を使った銀歯の製作を指示する内容。もう一つは金銀パラジウムで保険の診療報酬を請求するためのものです」

 ニッケル・クロム合金の金属代は、クラウン一つで約100円でしかない。この手口を使えば、銀歯治療1回につき、約5000円以上の利益を得ることが可能だ。大阪、兵庫、九州で同様の証言があった。

 患者は自分の歯を守るために、銀歯以外に治療の選択肢があることを知ってほしい。虫歯の範囲が限られている場合は、「コンポジットレジン修復」による治療が、銀歯よりも歯を削る量が少なくて済む。

 クラウンを被せる大きな虫歯については、「CAD/CAM冠」が保険適用になり、急速に普及している。これはレジンにセラミックスのフィラーを混ぜた白い素材だ。当初は脱落したり、破折する(割れる)ケースが多く報告されたので、歯科医の評価は低い。

 だが、その実態調査を行なった、末瀬一彦・日本デジタル歯科学会理事長によると、適切な接着操作を行なっていなかったことなどが脱落の要因だったという。

「日本人ほど口に金属が入っている人種はいないでしょう。保険で白い歯を入れることができるのは、患者にとっても魅力的なはずです」(末瀬氏)

 ただし、現在の「CAD/CAM冠」は銀歯よりも歯を大きく削る必要がある。また、保険対象の歯や条件が限られるので課題は大きい。そのため、今でも年間で推定1000万個の銀歯が、新たに入れられている。

 パラジウムの暴騰で、現実化している歯科医院の大量倒産時代。私たちはどのように対応すべきか。

※週刊ポスト2019年3月22日号

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